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安藤美姫が帰国、拠点をロシアへ

安藤美姫が帰国、拠点をロシアへ/フィギュア
2010.3.30 13:33
安藤美姫が帰国、拠点をロシアへ/フィギュア
帰国して会見する、フィギュアスケートの安藤美姫=成田空港(撮影・今野顕)【フォト】
イタリア・トリノで行われたフィギュア世界選手権の女子で4位だった安藤美姫選手(22)=トヨタ自動車=が帰国。記者会見で、来季からロシア・モスクワに練習拠点を移すことを明らかにした。
来季も師弟関係を続行するモロゾフ・コーチが、米ニュージャージー州からロシアへ拠点を移すため。ロシアで行われる2014年ソチ五輪も見据え、恩師と二人三脚を続ける。尚、男子の織田信成(22)=関大=とは今季限りで師弟関係を解消する。
サンスポ
FNNニュース
時事ドットコム
美姫ちゃんロシア拠点
美姫ロシア拠点 モロゾフコーチについていく
2010年3月24日 紙面から
公式練習で調整する安藤美姫=トリノで(共同)
写真
【トリノ(イタリア)中谷秀樹】フィギュアスケート女子バンクーバー冬季五輪5位入賞の安藤美姫(22)=トヨタ自動車=が、来季から練習拠点をモスクワに移すことが23日、分かった。この日開幕した世界選手権に出場する安藤を指導するニコライ・モロゾフ・コーチ(34)が米国ニュージャージー州の拠点を引き払い、今後は4年後のソチ五輪を見すえてモスクワで指導に当たることが判明。“一番弟子”の安藤も追従する。
世界選手権開幕を23日に控えた公式練習で連続3回転ジャンプを決めるなど好調をアピールする安藤が、来季からモスクワに拠点を移すことが確実になった。関係者によると、モロゾフ氏と教え子の選手らは今大会に備え、時差調整を兼ねてミラノで事前合宿を積んできた。イタリア入りする際、モロゾフ氏は住んでいた一軒家の豪邸を既に引き払ってきた。もう、米国に戻ることはないという。
もともとは浅田真央を指導するタチアナ・タラソワ・コーチ(63)のアシスタントとしてモスクワで活動していたモロゾフ氏は4年ぶりの“里帰り” となる。五輪開催国で地盤を築くことで、「3度目の正直もいいかもしれない」とソチ五輪を目指す安藤はもちろん、地元ロシアの“金の卵”といえる若手有望選手の指導を任される可能性もある。モロゾフ&美姫の拠点変更をきっかけに、ソチ五輪に向けてフィギュア界が動き始める。
中日スポーツ
モロゾフコーチが、ロシアに帰るという話は、本当だった・・・。
美姫ちゃんは、日本には住まないつもりなのかな?
2010年3月24日 紙面から
公式練習で調整する安藤美姫=トリノで(共同)
写真
【トリノ(イタリア)中谷秀樹】フィギュアスケート女子バンクーバー冬季五輪5位入賞の安藤美姫(22)=トヨタ自動車=が、来季から練習拠点をモスクワに移すことが23日、分かった。この日開幕した世界選手権に出場する安藤を指導するニコライ・モロゾフ・コーチ(34)が米国ニュージャージー州の拠点を引き払い、今後は4年後のソチ五輪を見すえてモスクワで指導に当たることが判明。“一番弟子”の安藤も追従する。
世界選手権開幕を23日に控えた公式練習で連続3回転ジャンプを決めるなど好調をアピールする安藤が、来季からモスクワに拠点を移すことが確実になった。関係者によると、モロゾフ氏と教え子の選手らは今大会に備え、時差調整を兼ねてミラノで事前合宿を積んできた。イタリア入りする際、モロゾフ氏は住んでいた一軒家の豪邸を既に引き払ってきた。もう、米国に戻ることはないという。
もともとは浅田真央を指導するタチアナ・タラソワ・コーチ(63)のアシスタントとしてモスクワで活動していたモロゾフ氏は4年ぶりの“里帰り” となる。五輪開催国で地盤を築くことで、「3度目の正直もいいかもしれない」とソチ五輪を目指す安藤はもちろん、地元ロシアの“金の卵”といえる若手有望選手の指導を任される可能性もある。モロゾフ&美姫の拠点変更をきっかけに、ソチ五輪に向けてフィギュア界が動き始める。
中日スポーツ
モロゾフコーチが、ロシアに帰るという話は、本当だった・・・。
美姫ちゃんは、日本には住まないつもりなのかな?
NumberWeb 「揺れ動く感情の間で」
コラム「揺れ動く感情の間で」

満足感と悔しさ――。5位で演技を終えた彼女から相容れることのない、ふたつの思いが垣間見えた。それはトリノの挫折を乗り越えた成長の証でもあった。
ふたつの感情の間で、揺れ動いているようだった。
笑顔ではあった。でもどこか、自分の感情を、自分自身で持て余しているかのようだった。
2度目のオリンピックに、安藤美姫はいくつもの願いを込めていた。
今シーズンになってまだ一度も披露することのできていない、心から納得のいく演技をしたい。
日本代表として自分を選んで間違いなかった、と言ってもらえるような演技をしたい。
その延長に、メダルを思い描いていた。
すべては、4年前のトリノ五輪の苦い思いが前提となっていた。大きな注目を集める中で15位に終わったあの日だ。自身でも納得がいかなかったのはむろんのことだが、非難を浴びせられ、潮が引くように去っていった人々に愕然とし、苦しんだ。
這い上がれたのは、温かく励ましてくれたファンの存在だった。だからこの舞台で感謝したい、トリノの二の舞にならないように、4年分の成長を示したい。
固く誓って臨んだのが、バンクーバー五輪であり、集大成の演技を見せる場であるはずだった。
「1人でも多くの人に自分のスケートを覚えてもらって、心のメモリーに残してもらえたら、そう思います」
試合を前に安藤はあらためて、信念を言葉にした。
笑みの消えた硬い表情でスコアを見つめた。
最終滑走者として迎えたショートプログラム。決意は、冒頭に表れていた。

「(安藤の3回転+3回転に対して)厳しく回転不足を取るような判定は、難しい演技に挑む選手を罰し、競技の未来のためにならない」と、以前モロゾフ・コーチは語っていた
「絶対に取り入れて、成功させたい」
常に口にし続けてきた3回転+3回転の連続ジャンプに、ついにチャレンジしたのだ。回転不足と判定されたが、そのまま崩れはしなかった。ミスなく滑り終えると、安藤は、キス&クライでコーチのニコライ・モロゾフとスコアを待つ。ようやく、かすかに笑みがこぼれる。得点は、64.76で4位。表情がすっと硬くなった。思ったほど伸びなかった。
「オリンピックは、なんだかんだ、やっぱり(ほかの大会と)違う試合なので。どういう点数が出るかっていう予想はまったくなかったです」
安藤は、ジャッジからの評価を淡々と受け止めた。
「点数とか順位にこだわらずに、フリーも自分らしさを忘れずに。本当にもう最後だと思ってがんばりたいです」
NumberWeb
バンクーバーでの美姫ちゃんは、とても綺麗でした。
昨年の全日本、そマスコミに公開される練習風景の美姫ちゃんは、とてもピリピリしていて、ファンとしては、どうしてこうも、立ち回りの下手な女の子なんだろうと、見ているのがつらくなりました。
モロゾフコーチに激しい言葉をぶつける姿は、大方の日本人は、目を伏せてしまう気持ちになったでしょう。
アメリカに早々と行き、そのままバンクーバーに入った美姫ちゃんは、別人のように、落ち着いた姿でした。
本当はメダルを取らせてあげたっかたと思いましたが、上位二人の点数が高すぎました。そこまでの差があったとは・・・と印象を持ちますが、ソチを本当に狙うかどうかは、4年もある事なので本心かどうかわかりませんが、スッキリした表情で、新たなスタート地点に立ったと思わせるものだったと感じました。
あの全日本の時に、何があったのか・・・。モロゾフコーチは、大試合の前には、一度泣かないと駄目なんだと、美姫ちゃんの事を書いてました、彼女が言ったように単にプレッシャーだけだったのでしょうか。日本に居る事が嫌な美姫ちゃんを感じます。バンクーバーから、そのままアメリカに帰ると言った美姫ちゃんの言葉に、アメリカは美姫ちゃんにとって、行くではなく、帰る場所なんだとも思ってしまったりもしたのですが・・・。
美姫ちゃんのおじい様は、美姫ちゃんもモロゾフコーチも共に、ソチを目指すと話してましたが、本当にそうであれば良いと思います。4年はとても長い時間ですが、この4年間とはまた違う美姫ちゃんが見られるような気がした、バンクーバーでした。
世界選手権では、思い切り自由な美姫ちゃんの姿で戦って欲しいと思います。来シーズンの姿が、そこから見えてくるような気がしています。

満足感と悔しさ――。5位で演技を終えた彼女から相容れることのない、ふたつの思いが垣間見えた。それはトリノの挫折を乗り越えた成長の証でもあった。
ふたつの感情の間で、揺れ動いているようだった。
笑顔ではあった。でもどこか、自分の感情を、自分自身で持て余しているかのようだった。
2度目のオリンピックに、安藤美姫はいくつもの願いを込めていた。
今シーズンになってまだ一度も披露することのできていない、心から納得のいく演技をしたい。
日本代表として自分を選んで間違いなかった、と言ってもらえるような演技をしたい。
その延長に、メダルを思い描いていた。
すべては、4年前のトリノ五輪の苦い思いが前提となっていた。大きな注目を集める中で15位に終わったあの日だ。自身でも納得がいかなかったのはむろんのことだが、非難を浴びせられ、潮が引くように去っていった人々に愕然とし、苦しんだ。
這い上がれたのは、温かく励ましてくれたファンの存在だった。だからこの舞台で感謝したい、トリノの二の舞にならないように、4年分の成長を示したい。
固く誓って臨んだのが、バンクーバー五輪であり、集大成の演技を見せる場であるはずだった。
「1人でも多くの人に自分のスケートを覚えてもらって、心のメモリーに残してもらえたら、そう思います」
試合を前に安藤はあらためて、信念を言葉にした。
笑みの消えた硬い表情でスコアを見つめた。
最終滑走者として迎えたショートプログラム。決意は、冒頭に表れていた。

「(安藤の3回転+3回転に対して)厳しく回転不足を取るような判定は、難しい演技に挑む選手を罰し、競技の未来のためにならない」と、以前モロゾフ・コーチは語っていた
「絶対に取り入れて、成功させたい」
常に口にし続けてきた3回転+3回転の連続ジャンプに、ついにチャレンジしたのだ。回転不足と判定されたが、そのまま崩れはしなかった。ミスなく滑り終えると、安藤は、キス&クライでコーチのニコライ・モロゾフとスコアを待つ。ようやく、かすかに笑みがこぼれる。得点は、64.76で4位。表情がすっと硬くなった。思ったほど伸びなかった。
「オリンピックは、なんだかんだ、やっぱり(ほかの大会と)違う試合なので。どういう点数が出るかっていう予想はまったくなかったです」
安藤は、ジャッジからの評価を淡々と受け止めた。
「点数とか順位にこだわらずに、フリーも自分らしさを忘れずに。本当にもう最後だと思ってがんばりたいです」
NumberWeb
バンクーバーでの美姫ちゃんは、とても綺麗でした。
昨年の全日本、そマスコミに公開される練習風景の美姫ちゃんは、とてもピリピリしていて、ファンとしては、どうしてこうも、立ち回りの下手な女の子なんだろうと、見ているのがつらくなりました。
モロゾフコーチに激しい言葉をぶつける姿は、大方の日本人は、目を伏せてしまう気持ちになったでしょう。
アメリカに早々と行き、そのままバンクーバーに入った美姫ちゃんは、別人のように、落ち着いた姿でした。
本当はメダルを取らせてあげたっかたと思いましたが、上位二人の点数が高すぎました。そこまでの差があったとは・・・と印象を持ちますが、ソチを本当に狙うかどうかは、4年もある事なので本心かどうかわかりませんが、スッキリした表情で、新たなスタート地点に立ったと思わせるものだったと感じました。
あの全日本の時に、何があったのか・・・。モロゾフコーチは、大試合の前には、一度泣かないと駄目なんだと、美姫ちゃんの事を書いてました、彼女が言ったように単にプレッシャーだけだったのでしょうか。日本に居る事が嫌な美姫ちゃんを感じます。バンクーバーから、そのままアメリカに帰ると言った美姫ちゃんの言葉に、アメリカは美姫ちゃんにとって、行くではなく、帰る場所なんだとも思ってしまったりもしたのですが・・・。
美姫ちゃんのおじい様は、美姫ちゃんもモロゾフコーチも共に、ソチを目指すと話してましたが、本当にそうであれば良いと思います。4年はとても長い時間ですが、この4年間とはまた違う美姫ちゃんが見られるような気がした、バンクーバーでした。
世界選手権では、思い切り自由な美姫ちゃんの姿で戦って欲しいと思います。来シーズンの姿が、そこから見えてくるような気がしています。
「今、誰を信じてるの?」
「今、誰を信じてるの?」
2008年3月家族会議が開かれた
・・・・・・・
「モロゾフと離れなくて良かった。それはこの一年間、美姫の演技を見ればわかる。
嬉しかったですね。彼は変わり者ですけど(笑)今は信頼してます。」
「モロゾフとはバンクーバーで初めて酒を飲みました。フリーが終わった後、私が泊まっている部屋に
二人が来てね。私は英語が喋れませんけれど、感謝を伝えました。母親は母親としての立場がありますから
多少意見が違う所もあるかも知れませんが、でも我々は、美姫を信じる事しか出来ないんです」
祖父の言葉〜週刊文集より抜粋
2008年3月家族会議が開かれた
・・・・・・・
「モロゾフと離れなくて良かった。それはこの一年間、美姫の演技を見ればわかる。
嬉しかったですね。彼は変わり者ですけど(笑)今は信頼してます。」
「モロゾフとはバンクーバーで初めて酒を飲みました。フリーが終わった後、私が泊まっている部屋に
二人が来てね。私は英語が喋れませんけれど、感謝を伝えました。母親は母親としての立場がありますから
多少意見が違う所もあるかも知れませんが、でも我々は、美姫を信じる事しか出来ないんです」
祖父の言葉〜週刊文集より抜粋





